毎週水曜日の午前にもたれている、シオンの群れ教会の「祈り会」に参席させて頂きました。
9月に入ったというのに猛暑日の東京、平日のこの時間に祈るために集ってくる人々の数は
決して多くはありませんが、このような祈りによって教会が支えられていることを思いました。
10年前の今日
←今日もそこにいてくださってありがとう。
ヒートアイランドの夜
東京は夜の七時、西麻布交差点のパーキングメーターに車を停め六本木交差点まで歩く。
異常なまでの高温と湿度、10分も歩くとポロシャツがびっしょりになるほど汗が噴き出た。
六本木七丁目の路地裏にある鉄板焼き屋さん「天」でM夫妻と、T君と一緒に会食
お隣の席では、歌手の松○しげるさんが、楽しそうにはしゃいでいましたが、この街で
芸能関係の方を見かけた時は、そっと目を合わせないように気遣うのが暗黙のルール
お店を出て、M夫妻の御自宅で珈琲を頂きながら、会話を続けるとあっという間に時が
経過しました。日付が変わる前にお暇しましたが、とても楽しい時間でした。いつも有難う。
10年前の今日
←今日もそこにいてくださってありがとう。
おかあさんといっしょ
教員時代の同期採用の友人たちの間で、何故かここ数年出産ラッシュだった。(おめでたい!)
育児休暇の時期が重なったお母さん先生たちは、定期的に集まっているらしく、東久留米の
Uさんのお宅にお招きを受けました。
14年前には仕事終わりに、良くカラオケに行ったりした、当時はシングルだった友人たちが
たくましくも愛情たっぷりに子育てしている姿をみると、何故か感動するし、励ましを受けます。
妙に成人男子の少ない(僕だけ)、日本が少子化問題を抱えていることを忘れるような
不思議な会合でしたが、楽しいひと時となりました。
10年前の今日
←今日もそこにいてくださってありがとう。
再会の日曜日
東京中野の「シオンの群れ教会」で礼拝メッセージ、今日は芸術高校時代の同級生
Sさんが来て下さっていた。嬉しかったな。
ミラノやパリからの帰国組も互いに再会を喜び、礼拝後も良い時間をもつ事が出来ました。
今日も出会いの恵みを味わう、豊かな日曜日となりました。
10年前の今日
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武蔵野にて 老牧師と
H牧師が、午前中に電話を下さった。「今日、もし時間が空いていたらランチを共にしましょう。」
多大に恩義のある私のほうが、帰国早々ご挨拶に伺うべきだったのだが、いつもこうして
H牧師のほうから歩み寄りをして頂いてしまう。
自分も最近はおっさんになったせいで「最近の若手って、自分のアジェンダのための
アポイントをとったら、連絡はそれっきりという人が多いな。」なんて思っていたのが
まずは僕自身が、来年80歳になるH牧師から、きっちりと学んでいかなければいけない。
玉川上水と並行する五日市街道沿いのステーキハウスに僕より先にH牧師は到着されていた。
「最近は、体に弱さを覚える事が多くなってね。」と語りながら、父親のように、さりげなく
こちらの近況を聴いてくださりながら、大切な事を言葉少なく、でも的確に話して下さる。
別れ際に、車の中でともに聖書を開いて、祈りの時をもってから、ご自宅までお送りし別れた。
H牧師、有難うございました。いつまでもお元気で。
10年前の今日
←今日もそこにいてくださってありがとう。
In Suburbia
深夜、生まれ育った街を、深海魚のようにステーション・ワゴンで徘徊していると、
郊外の憂鬱や孤独をスキャンしているように感じる。
ふと、Pet shop boysの80年代の曲[Suburbia]のサビのフレーズが頭の中でループする。
Let’s take a ride, and run with the dogs tonightIn Suburbia
(車に乗って行こう、そして今夜は郊外で犬たちと走り回るんだ)
I only wanted something else to do but hang around
I only wanted something else to do but hang around
I only wanted something else to do but hang around
I only wanted something else to do but hang around
(うろつく以外に何かしたかっただけなんだ)
24時間営業の街道沿いのネットカフェのそれぞれの個室からは、いろんな音が漏れている。
キーボードを物凄く速いスピードで打ち続ける音
うどんを啜る音、携帯で小声で話し続ける声、鼾・・・
時間を問わず、なんでも手に入るのに、ひどく心が乾く気がするのは何故だろう。
時差ボケでうまく寝付けないせいなのか、生まれ故郷にいるのに、旅を続けている気持ちだ。
10年前の今日
←今日もそこにいてくださってありがとう。
ある弔問
Iさんと一緒に、稲城聖書教会のK牧師ご夫妻の御自宅を訪問させて頂いた。
新聞やテレビなどでも報道されたが、K牧師ご夫妻は、この8月11に愛する息子さんを
突然、天国へと送られた。
まだ中学三年生、14歳という若さだったが、多摩川で友人たちと遊んでいる時に、
息子さんは川に流された友人のサンダルを追いかけて、溺れてしまったのだった。
僕の人生の節目に、励ましの言葉を下さっていたK牧師に、どのような言葉をかけて良いのか
解らなかったけれど、息子さんの思い出を聴き、最後に共に祈る時をもった。
私達の希望は、死は終わりではないという事、そして地に落ちた一粒の麦は、私達の思いを
超えて、多くの実を結ぶという事。今日の再会も、息子さんが引き合わせて下さった時間だ。
この地上に残された、K牧師ご一家の深い哀しみと喪失感の上に、慰めが注がれますよう
祈る今年が出来ません。K牧師は、息子さんを亡くした次の日に、教会の人々に次のような
旧約聖書のヨブ記の言葉を配信されました。
主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。(ヨブ記1:21)
10年前の今日
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去りゆく牧師
東京・中野にあるシオンの群教会で約7年間牧会をして下さった石川牧師の最後の説教
そして、礼拝後に短く退任式を行った。この任期の間、たくさんの事と闘ってこられた牧師だった。
2007年の夏に、私の牧師按手式のために、癌治療の直後ミラノまで来て下さった。
その牧師の新しい門出に、祝福を願って、ご夫妻の方に手を置き、祈りの時をもった。
今日の礼拝には、ミラノから一時帰国中のSさんもお母さんを連れてきて参加して下さった。
そして、昨年ミラノから帰国し神学校で学ぶAさんは、新しい時代の希望の星だと感じる。
石川牧師は、来週からはもうこの教会にはこない。「それが退任であり、交代という事だから。」
その牧会哲学が、これからの新しい時代の新しい皮袋を育てるのだと思う。寂しいけれど
新しい葡萄酒が注がれる事を期待して、僕は来る日曜日のメッセージの備えに入る事にする。
10年前の今日
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Nonstop to tokyo
ミラノから成田までの12時間のダイレクト・フライト、いつも(当然ながら)エコノミーの
チケットを予約していますが、今回は太っ腹にファーストクラスにアップグレードされました。
フルフラットのシートで、体を横たえて過ごすことは出来たけれど、眠れはしなかったなぁ。
成田について、入国手続きの列に並んでいる時に、日本滞在用の携帯電話が鳴った。
なんと、今フランクフルトの出張から戻ってきたというhiwa君から。「今、そちらも成田でしょ?」
とhiwa君、何故こちらの所在がバレテいるのか。暗闇指令なのか、hiwaよ。
そいういわけで、湾岸の景色を眺めながら多摩地区まで二人で車で帰りました。
夏休みの土曜の午後と言う事もあり行楽帰りの大渋滞でしたが、良い旅の友ができました。
この日は、稲城のIさん宅で「エントラータ」と名付けられたイタリアからの帰国者の会が
開かれていて、美味しい手巻き寿司を頂きながら温かな時間を過ごす事が出来ました。
10年前の今日
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オランダ 森の展覧会
ドイツ在住のアーチスト、 Keisuke Matsuuraの野外インスタレーションを観るため、
ドイツのBaden-Badenを発ち、オランダのBrunssumという町まで車を走らせる。
かつては炭鉱だったという、池のある広い森林地区で、彼は山の斜面を使って
白いスクエアのタープを配置している。遠目に眺めるとこんな感じ
上から眺めるとこんな感じ、ハンナは作品の周りをやたら駆け回っていました。
彼以外にも複数の作家が出品していました。これは、水辺の植物のようなインスタレーション
フワフワと揺れて、お香のような良い香りを放っていました。
森の中の廃墟の内部ではビデオインスタレーション、24時間前のこの空間と音を
エフェクターを通して再現していました。
随分とミラノから遠く離れたところまで来てしまいましたが、20年前に八王子の山の中で
共に作品を創っていた仲間と、こうして再会出来ることは大きな喜びです。
同じ欧州の地で、あの頃と同じように「ものづくり」と向き合っている友人からは僕も良い刺激と
力をもらいます。お互いメタボの進行が気になりますが健康に気を配って頑張っていきましょう。
10年前の今日
←今日もそこにいてくださってありがとう。