今夜、桟橋には行かない。
あそこで人に別れを告げるのは嫌だから。
管をはずされたあなたは、あなたを生み育てた両親に付き添われて、船に乗るのだろう。
船は夜が明けるころ大島に着き、利島・式根・新島と順に寄港しながら終着港を目指す。
その先には、あなたの帰りを待つ多くの愛すべき人々がいるのだ。
風がなければ、船はジュリアの丘に立つ白い十字架が見守る前浜港に入る。
そこが、あなたの家だ。
僕はかつてあなたに「一度は家を出るべきだ」と言った。
だけど、こうも伝えるべきだった。
「人は何処にでも行ける。だけど、何処へも行けない。」
だから、人には隠れ家が用意されているんだ。
風が強すぎるときには、隠れ家にじっと身を隠してただ風が止むのを待てばいい。
耳を澄ましていれば、そよ風の吹く頃あなたを呼ぶ声を聞くことができる。
「あなたは、何処にいるのか」という優しい声。
だけど、あなたはその隠れ家さえ見つけることが出来なかったんだろう。
だから、風を全身に受けたままここへ帰ることさえ拒んだ。
でも、明日の朝にはあなたは自分の家で眠る。
あの島は、すべての人が同じ場所に眠る。
信心深い村の老婆たちは、一日も欠かすことなく朝の花を
その場所に集めることを僕は知っている。
今夜、桟橋には行かない。
棺に入り、船に乗るあなたを見送ることは出来ない。
だけど約束するよ。
いつかあなたが眠る家に、朝の花を届けに行く。