夕刻にオフィスを出ると海の匂いがした。
オフィス街にも時々、海からの風が届くのだ。
僕はしばし足を止めて、最後に暮らした美しい海と島のことを思い浮かべる。
今すぐにそこへ行きたい。
地の震えがいつまでも収まらない。
海岸線の稜線は無惨に形を変え流れ込む灰が珊瑚の息を止める。
だけど海も島も死ぬことはないだろう。
灰の下にはもう新しい命が呼吸をはじめているだろう。
はるか先の時代にすでにあった営みを
海と地が繰り返しているに過ぎないのだ。
ひとつの時は去り、次の時がくる
僕や愛する人々のすべてが土に帰っても海や地はいつまでも変わらないだろう。
目の前の神田川は今日も海に流れこんでいる。
だけど海はいまだに満ちることがない。
昔あったことは、これからもあり
昔起こったことは、これからも起こるのだろう。
新しいものなどひとつもない。
毎日目にする「新しいもの」は後の人々の記憶には残らないだろう。
時の流れに耐えた美しい音が欲しくなり新宿のタワーレコードに立ち寄る。
探していたBill Evans TrioのWaltz for DebbyのCDを手に入れて、僕は家路についた。