「大変なことになったわねぇ」
一ヶ月ぶりに所属校を訪れた僕に事務室の女性職員達は口々に声をかけた。
だけど、その表情からはありありあと好奇心が突きだしている。
そのまま、校長室へ通され、大筋の経過を聞いた。
その後、金庫から資料を取り出し手渡されたメモの番号にダイヤルする。
しばらくの保留音のあと、家裁の調査官に電話が取り次がれた。
温和な声のその男に僕は「初めまして、彼らの担任をしていたものです」
と簡単な自己紹介をした。
調査官は、とても丁寧に今までの経過と現在の状況を僕に話してくれた。
それは、僕がすでに新聞記事で把握していたことよりとても生々しい描写で、
臭ってくるようでもあった。
その内容の意味する卑劣さに反して、僕は冷静に調査官の話を要約しながら
箇条書きにメモすることが出来た。
そのメモはまるで「時計仕掛けのオレンジ」のテロップみたいだなと僕は思った。
質問にはなるべく簡潔に答えるようにした。
出席状況や、交友関係どの質問に答えたあと
「手をかけてきた生徒です。正直、驚いています。」と話すと、調査官は少し間をおいて
「ああ、そうですか」と答えた。
電話のあと、資料をまとめていると同じ学年団を組んでいたM氏が
「うちで一杯やりましょうや」と声をかけてくれた。
あきらかに気を遣ってくれているようなので素直にお誘いに従い、彼の家でもてなしを受け
「もっとゆっくりしていけばいいじゃない」という声を抑えつつ、早々に彼の家をあとにした。
帰り道は夜だというのに、稲妻がとどろき滝のような土砂降りになった。
道路の轍は用水路のようになり、走り去る車は、高い水しぶきをあげ
あっという間に視界は遮られていく。
ワイパーはまるで追いつかず、すれ違うヘッドライトが規則的なパルスのように見えてきた。
軽い目眩を覚え僕は車を路肩に停めカーステレオから流れるspeechのボリュームを
思いっきり上げた。
一連の繰り返された犯行の殆どは彼らの在学中に行われていた。
やめてくれと懇願する人間を、いたぶり続けられのは何故だ。
彼らの闇に手を伸ばすことなく「夜遊びは程々にしろよ」なんて声をかけ
なれ合っていた僕は彼らから見ればさぞかし滑稽な教師だっただろう。