電車の中ではいつも、人の手をぼんやりと見てしまう。
とても長く爪を伸ばした女が隣の席に座った。
ポケットボードを取りだしてメールを打っている。
せせこまし小さなキーボードをべたべたと指を寝かせながら叩いている。
長く伸ばした爪がだらしなくボードを這いつく回る
その様子を見ていたらなんだか不快になってしまった。
隅っこのほうに押し込めておいた記憶が、甦ってくる。
随分昔に、悪魔の手を握ったことがある。
それは暖かく、優しい感触をしていた。
その手が、僕の手をとり、まっすぐに見える白い道を、導かれるまま一緒に歩いた。
死の淵へつづく、緩やかな坂道の記憶