その「おじさん」に初めて会ったのは
確か15年ほど前で、僕がまだ学生だった頃だ。
僕はその頃10代の終わりで、はじめて車を買うために
人から紹介された「おじさん」の中古車屋を訪ねた。
武蔵野の畑の中にあったその店は
中古車屋と言うよりはスクラップ工場と言った風情で
無造作に車が並べられた空き地と
バラックのような事務所には小犬が4匹も繋がれていた。
「イヤー、拾った犬なんだけど貰い手がいないんだよ。」
といって、「おじさん」は事務所から出てきた。それが初対面
ぼさぼさの白髪頭と、油まみれのツナギで、渡された名刺には
「シンガーソングライター(車と音楽のことならなんでも)」と書いてあった。
変な車屋だと思った。
「お金があまり無いんです。」と僕が正直にいうと
「この車なんてどうだい」と言って、2サイクルのスズキ・アルトを
3万円で売ってくれた。これが僕のファースト・カーだ。
赤いアルトを、僕はとても気に入った。
それを機に「おじさん」とはつきあいが続いた。
車のメンテナンスやメカニズム、諸手続の方法や法律、事故の処理
輸入車の見方や、中古車オークションの仕入相場まで
僕はその後、乗り継ぐ車は全て「おじさん」から仕入れた。
シビックシャトルやミストラル、そのたびに車のイロハを学び
自分でも車の仲買人のまねごとが出来るまでの知識を伝授された。
時が経ち、いつしか「おじさん」とは疎遠になっていた。
最後に店を訪ねたときは、4匹の小犬はすっかり成犬になっていた。
何年ものブランクがあり、最近そのおじさんから電話があったのだ。
あの中古車屋は、もう閉じてしまったと言っていた。
要するに、つぶれたらしい。
「あんたと、ずっと話したいと思っていたんだ。」
おじさんはしゃべり始めた。
「世界は今、大変なことになっているんだ。
車屋をやっている場合じゃないんだよ。」
「ブッシュ大統領の後ろには、悪魔がいるんだよ。
あんたに話せば、わかってくれるんじゃないかと思ってね。」
「みんな、こういう話をすると居眠りしちまうんだ。
対岸の火事だと思っているんだね。私の友人は私に
はやく破産宣告をして、物事を整理しろと言うんだ。私は負けないよ。」
おじさんは、延々と一時間くらい話し続けていた。
「今度会いたいんだ、見せたい資料もあるんだよ。」
「みんなが私をおかしいと言うんだよ。」そう言っていた。
文脈の特徴が、気分障害による誇大妄想にも思えた。
ひょっとして、おかしいのかもしれない。
でも、ひょっとすると「おじさん」だけが正気なのかもしれない。
ただ話を聞くだけではなく、僕からも質問をすれば良かった。
「ところで、あの4匹の犬は元気ですか?」