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「収穫したよ」
タコちゃんは夕方のスーパーで僕を見つけるなり歩み寄ってきそう言った。
「どこのやつ?」
「三日月山の南斜面で育てていたやつだよ。今夜は二人で収穫祭をやろう。
夕飯の後に、迎えに行くよ。」
20:00ぴったりにタコちゃんは幌付きのジムニーで迎えにきた。
今夜は満月だから幌を開けて車を走らせよう。
孵化したウミガメが海へ帰る道を壊さないようにルートを注意深くとりながら海岸線を走る。
どこまでも続くビーチの白砂が月の光を吸い込んで、発光している。
なんだか、タコちゃんは大事な話をきりだしたがっているようにみえた。
「たこちゃんがさぁ東京で勤めていたヘアサロンてなんて名前だっけ?」
「ピーク・ア・ブーだよ」
「あ、そうそう どんな意味だっけ?」
「いない・いない・ばあ」
わざと,どうでもいいような話題を探して僕はシリアスな雰囲気をはぐらかしてしまった。
他から耳にした話だとかなり名の知れたヘアスタイリストだったらしい。
だけど、なんでそんなポジションから降りてこんな亜熱帯の島にやってきたのかは
聞いたことがなかった。
もっとも、そんなことをいちいち聞かないのが、この島の作法だ。
なにはともあれ僕は、彼が島に一件しかない床屋にいてくれることがありがたかった。
彼が来るまでは、島のおじいさんが一人で店を切り盛りしていた。
僕が毎回どんな詳細な注文を出したとしてもいつもバリカンで深い刈り上げをして
結局は同じ仕上がりだった。
僕はいつも散髪後にいつも後頭部をさすりながら床屋の鏡に映った自分を見てしまう。
その床屋の待合室につまれていた漫画「カリアゲ君」そっくりだなと思った。
たこちゃんの散髪は芸術的だった。
注意深く、撫でるようにして髪質を確かめる。
まるで彫刻家みたいに。
「フミヤに似てるよね」
「ぜんぜん似てねーだろ」
「いや、頭蓋骨がそっくりなんだ俺のお客さんだったんだよ、フミヤ」
ウソか本当か知らないけど、僕の髪を切りながら、そんなことを言っていた。
彼が創ってくれる自分の頭のシルエットをとても気に入っていた。
ジムニーはパパイヤ農園を貫く細い砂利道を上ってゆく。
たどり着いたのは、ドームのようなガジュマルの森
すっかり目が暗闇に慣れた。
月光が木漏れ日となってまばゆく揺れている。
滝のように枝から地面に降り注いだガジュマルの根に僕たちはもたれかかる。
グリーンぺぺという緑色に発光するキノコがあちこちで点滅している。
本土から、いろんな人間がやってきては、この発光キノコを盗掘したが、
この地でなければ光らない。
さあ、収穫祭だよ。
そう言ってタコちゃんはフィルムケースから乾いた葉を取り出して、手に取った石で砕いた。
丹念に、小さなキセルに詰め込みジッポーで火をつける。
ジッポーのオイルの匂い。
次に、煙草のゴールデンバッドによく似た香ばしい匂いがガジュマルの森を包んだ。
「俺、信用できそうな奴かどうかって髪に触れると、なんか解るんだよね。」
タコちゃんは独り言みたいに、そう言いいながら、僕にキセルを手渡す。
僕は、キセルをゆっくりと口に付け、肺の奥まで吸い込んで、少しの間息を止めた。
タコちゃんが、キセルを吸うと、紅く灯った炎が、彼の顔を優しく照らした。
穏やかな表情をしている。
やがて風が吹くたびに自分が蓑虫のように前後に揺れるので、その浮遊感に
「ふふふ」と笑いが止まらなくなった。
大きな風が吹くと、その度に大きく後ろに振れた。
ガジュマルにもたれかかる僕とタコちゃんが見えた。
自分が寄り添っている木が、とても良い木だとわかった。
ああ、なんて良い木なんだ。知らなかったよ。
無風状態になると僕は、そのまま宙に浮いてしまった。
その時に、思わず息をのんだ。
タコちゃんが寄りかかっているのは悪い木だった。
とても悪い木だ。
枝から降りた気根が、すでに彼からたくさんのものを吸い取って支持根に成長している。
あたりを見渡すとタコちゃんの周りは、全て悪い木だった。
なんでだよ。タコちゃんいい奴なのに。なんでなんだよ。
僕は、声を上げて泣いた。
「おいおいどうした?効きすぎたねこりゃ」タコちゃんは笑った。
数日後の出航日に、タコちゃんが捕まったと聞かされた。
今日の船に乗るらしい。
そう聞いて桟橋に行くと最近島に出稼ぎにやって来ていた護岸工事の作業員たちが
葉っぱの苗を抱えていた。
タコちゃんが三日月山で育てていた苗だ。
タラップの前で少しの間タコちゃんと話すことが出来た。
あの建設作業員さ、麻布署の刑事だったよ。
「いつもナイン・ボールで飲んでただろ。ずっと内偵とってたのさ」
「なんでだよ」
「チクられたんだよ。東京の連中に俺ら、年中そういう足の引っ張り合いをしてのさ。
俺は、もう降りたのに。かつては一緒に働いた仲間だぜ。ちきしょう。」
「もっとも、お互い髪をさわらせなかったけどな」そう言って笑った。
「心配するなよ。おまえとの収穫祭はコーヒーの葉っぱさ。」
この島の珈琲豆は世界一だよな。
最後にそう言い残して、彼は僕の前から消えてしまった。
二度と会うことはなかった。
僕はもう髪を切るのをやめてしまった。
数ヶ月後、東京に戻った。
散々伸びた髪から少し色を抜いてドレッドにした。
鏡に映った僕の髪の毛は、あの夜タコちゃんにまとわりついていた
ガジュマルの気根によく似ていた。

投稿者:uchimura_it|Comments (0)

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