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その頃僕は20才を終えようとしていて暗い大村湾を挟んで見える佐世保の夜景を
ぼんやりと見ていた。
「国民宿舎くじゃく荘」そういう宿の名前だった。
もう一ヶ月も連泊していた。
といっても、寝に帰るだけですることと言えば、眠る前にこの宿舎自慢の
大村湾を見下ろせる展望温泉に入ることくらい。
オランダの街をそのまま再現してみせるというプロジェクト
「ハウステンボス」と名付けられたテーマパークのオープンの日が迫っていた。
来る日も来る日も足場をよじ登ってドーム型の天井に潜り込み上を見上げる体制で
口を開けたまま筆を運んでいたので首が回らなくなった。
僕のクライアントは、神戸に本社を置く老舗の珈琲卸会社
缶コーヒーではシェア一位を誇っていた。
「珈琲の歴史が見てわかるような昔の大航海地図の絵柄にしましょう」
打ち合わせ通り、そんな感じに仕上がりつつあった。
イタリアから仕入れた素材アンティコ・スタッコをふんだんに支持体に使ったおかげで
いい感じがでている。
久しぶりに、気に入った仕事になりそうだ。
バスコ・ダ・ガマとマルコポーロを最後に画面の隅に描いた。
明日、クライアントが佐世保に来るのでそれでOKが出れば、東京に帰れる。
早く帰りたい。
翌日、珈琲会社の会長を筆頭に大名行列のように役員達がやってきた。
そして、下っ端風の役員が僕にこう言った。
「絵は大変スバラシイです。社長もそうおっしゃっております。
で、最後にひとつだけお願いが・・・」
「はい?」
おもむろにその男は背広のポケットから会長と社長の生写真を取りだした。
二人とも立派に薄毛の方である。
「バスコ・ダ・ガマとマルコポーロの肖像を会長と社長の顔に差し替えてください。
衣装や帽子はそのままで結構です」
その夜、東京への帰還が果たせなっかた僕はいつものように宿の温泉から
夜の大村湾を見下ろしていた。
湯煙越しに壁の方に目をやるとホーロー盤に、この温泉の効能が
書かれていことにはじめて気づいた。
[ 大村町保健所認定 ]
*この温泉は次の症状に効能があります*
「ノイローゼ」

投稿者:uchimura_it|Comments (0)

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