19990928

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時々、孤独の淵を覗く事がある。
その淵に立つ人間に手をさしのべるつもりで、
結果的には追いつめてしまうときもある。
それが僕の仕事の正体だろうか。
今日は調査書書きにおわれた。
出勤簿上、未消化の夏期休を取っていることになっているのだが、
そんなものとれるはずがない。
だけど、疲労も溜まっているので夕方16:00に退勤する。
一応、休日出勤に準ずる日だし。
クロッキー会もキャンセルすることにした。
校門のところに、ヤンキーのお兄ちゃんが改造したマフラーを吹かしながらやって来た。
その兄ちゃんが差し出す半ヘルをかぶって、制服のまま後ろの座席にまたがるS根が見えた。
やれやれだ。
制服のままでのバイク乗車はウチの学校で禁止されていることは、皆知っている。
他の生徒も、その様子を見ていた。
学校を出てしばらくしたところで、バイクを停車させてS根と話す。
教師に見つかり、呼び止められたことで明らかに興奮している。
学校には、多くの校則がある。
どの校則も、矛盾点や、対処療法的でしかない物や、深く論ずればキリがない物が多い。
高校生の頃、死ぬほど嫌いだった校則。
学校指定じゃない上着を着てることで、校門チェックで教師に呼び止められた時なんて、
反吐が出るほどムカついた記憶が、未だに鮮明だ。
管理的な学校の雰囲気が嫌いで、その高校を1年で退学した。
それからも、あらゆる管理から、自分がいかにに自由であれるのかが興味の対象だった。
言い換えれば、管理からの逃避がライフスタイルのテーマだった。
皮肉なことに、その自分が今は教師だ。
職員会議では、校則に関することではよく論議する。
個人的にはナンセンスに思える校則でも、可決されたあとは
足並みを揃えてその校則を守らせるのが今の僕のスタンスだ。
だから、よっぽどの時以外は校則違反を見逃したりはしない。
例外を用意していないわけではないけど、
今日のように他の生徒が見ているところでは絶対に見て見ぬ振りはしない。
校則に従うことを要求する僕と、反発したい生徒との間には衝突が生じる。
その衝突こそが対話の機会だ。
そう信じている。
だけど揺らぐ。
S根は興奮気味のまま、思いつくままの言い逃れをした。
僕に、見逃すことを懇願した。
「別にいじゃんかよー」と絡んでくるヤンキー兄ちゃんを、とりあえず追い払った。
「悪いな、俺は今この生徒と話があるんだよ、帰ってくれ」
残されたS根は、狡猾な言い訳を連発する。
僕は、とりあえず「学校に戻って話すことにしよう」
と促すが、かたくなに拒否する。
「今から学校に戻って、指導になったら、また私がエンコー(援助交際)してるって噂される」
「担任のM岸は、すぐにウチの親に電話するに決まってる。そしたら親は私を退学にする」
「私は、いま自律神経失調症だからこれから医者に行かなきゃいけない」
もう3~4十分道ばたでこんなやりとりをしている。
端から見たら、変なお兄ちゃんが高校生をむりやり車に乗り込めと
誘っているように見えただろう。
埒があかないと判断する。
彼女の言っていることの殆どは嘘なのだけど、ほんの少しホントが混ざっている。
「じゃあ今日はもう帰りな、だけど今日のことは自分の口から担任のM岸先生に話せ。
僕は、M岸先生を信頼してるから、今日のことは話すつもりだけどその前に自分から話しな」
実際に僕はM岸先生を信頼しているし、S根に目をかけているのを知っている。
「担任がH先生だったら良かったのに」
そう吐き捨てるようにいってS根は去っていった。
僕も自分が高校生だったらH先生のような、先生が「いい先生」だったかも知れない。
でもH先生は、生徒の事なんて愛しちゃいないんだよ。S根。
絶対に生徒との衝突を避け、保身的に優しい先生の役回りを演じながら、
糖尿病患者に甘い物を振る舞うような優しさを持ったM先生を思い浮かべて苦笑した。
学校に戻る。
M岸先生は、プールで水泳指導中だった。
プールサイドに腰掛けて、今日の一部始終をS根の担任である彼に話す。
M岸先生は自分が今までしてきた指導の経過を話してくれた。
家庭のこと。
虚言癖のこと。
液体洗剤を母親の前で飲み干して自殺を図ったこと。
テレクラに依存していること。
エンコーの噂だって、自慢げに携帯で色んな男を呼び出したして早退して見せたりするので
仲間内からたてられたのだそうだ。
「でも、あいつ学校はもう、もたないかもな」
M岸先生は、ぽつりとそう言った。
だとしたらどんな逃げ場を用意してあげられるというのだろうか。
自分が今日彼女と交わし言葉にどんな意味があったいうのか。
生徒と会話をすると、その子のバックボーンがイメージできてしまうようになった。
それは、時として哀しくて残酷なことだ。
S根とよく似た子が、僕が赴任した頃いた。
その頃、僕は生活指導部のプロパーだった。
その子は、制服のまま、ナンパ兄ちゃんが運転するローダウン・アベニールで登校したところを
教師に見つかり、謹慎に入ったのだ。
その子は、特別指導を担当した僕に、露骨に媚を売って見せた。
その姿は、滑稽でもの哀しかった。
母子家庭の自分がいかに寂しいかを、すがるように話してきたりした。
公衆便所の障害者用の個室に、オヤジを誘い込んで、自分を触らせて金を貰う話。
オヤジがエスカレートしてきたら大声を出して、
痴漢の被害者に変身してみせる話をうち明けるようにしてきたりした。
やがて、退学した。
その後どうしているかも知らないけれど、彼女の背景となっている孤独の印象だけが残った。
S根も今日、よく似た深淵を僕に見せた。
目そらさず、僕はその孤独の淵を正視してゆくつもりだ。

投稿者:uchimura_it|Comments (0)

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