目には目を、歯には歯を

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2001年9月11日にアメリカ合衆国で発生したテロ事件を、あの時僕は
東京・世田谷の自宅のテレビ・ニュースで見た。あれから7年だ。
約3千の人々の命が失われ、残された者たちが
ロウソクの灯を手にして、涙する姿に、同じように涙した。
あの時を機に、世界は変わってしまったのだと思う。
後にイラクで報復戦争がおきて、2003年以来から今日まで100万人の
民間人の命が失われたとロサンゼルス・タイムスが統計を発表した。
その時、僕は泣かなかった。
その違いは何なのだろう。
100万人という統計数字になった時点で、僕の想像力が失われ
想像力を失ったときに、人は冷淡になれるのだろう。
旧約聖書には「目には目、歯には歯を」という
罪に対する償いの法律が記されている。
(出エジプト21:24/レビ24:20/申命記19:21)
この言葉は、日本でも(聖書を開いたことがない人にさえ)よく知られていてるが
横綱級に、誤解されて伝わっている聖書の言葉の代表格だ。
この律法は、歯を折られた人間に対して、加害者の歯以外のものにを
奪ってしまったり、損害を与えてしまうことを戒めるための古代律法だ。
つまり、被害者であった人間が、次は復讐心から加害者になってしまう
そのことを防ぐための、イスラエル民族に与えられた知恵だった。
牧師として、いろんな人に出会うし、話を聞くことが多いのだけれど
「私は、こんなに傷つけられたんです。」と声高に訴える人が
他の人を傷つけたり、奪ったりしていることには、まるで無頓着である状況に、よく遭遇します。
というか、自分自身もその当事者になっていたりするわけです。
イラクで失われた、100万人の命は、ニューヨークで3千人の命を奪った加害者だったのでしょうか?
人が人を正しく裁くことなどはできないのですが、終わりの日には、全ては明らかにされ、審判を受ける時が来るのだと聖書は記しています。
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投稿者:uchimura_it|Comments (0)

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