朝起きると雨が降っている。
「じゃぁ、いってくるよ」とコビに声をかけ、コンビニで買ったビニール傘をさして
足早に07:03分発のモノレールを目指す。
MDウォークマンからはキリンジが流れている。
満員の通勤特快で、自分のつり革を確保したらPalmをとりだして、
昨夜までに人々が空中にのこした言葉を自分の中に吸い込む。
オフィスのエントランスでは警備員さんとお天気挨拶をする。
研究室のコーヒーサーバーから、コーヒーを注いでから言葉の海をクロールで泳ぐ。
ランチにはサーロインカツレツ定食を食べる。
定時には仕事を切り上げ、巻き戻すようにして自分の部屋に辿り着く。
パスタを茹でる。
珈琲を入れる。
週の真ん中だけど明日も雨らしいので洗濯物を部屋の中で干す。
ワイシャツの襟にアイロンをかける。
空中に言葉を放つ。
昨日とくらべて、ほんの少しだけトッピングを変えただけのような
僕の2000年7月26日水曜日
20000725
「かちゃり」 と
音が すればいいのに
よく似たかたちの欠片を 拾いあげては
欠けてしまっている そこへと
はめ込むのだけれど
どうも 正解じゃないらしくて
音がしないんだ
「かちゃり」 と
20000724
夕方には気温も落ち着いてきて
嘘のように空気が澄んだ。
僕が生まれた町の匂いがする。
あの稜線も光りも
幼い頃にみた気がするんだ。
20000723
それは連日の暑さのせいなのか
それとも、オレンジジュースの入ったグラスを、キーボードの上に倒したせいなのか
あるいは仕事の進み具合が先方との兼ね合いで思わしくないせいなのか
とにかくそれは潮のみちひきや
月の満ち欠けにともなう引力のようなものだから
抗わずに息をひそめて
目を閉じることにする。
20000722
夜はKが来て「ファイトクラブ」をビデオで観る。
これで2度目。だけど面白い。
映画は、2度目で気づくことって多い。
この映画はとくにそうだった。
主人公のジャックのバランスをくずしていく姿は
まるで自分の姿を見せつけられるようだった。
20000721
午後は目黒の研究所にて公開講座。
帰り際、馴染みの研究室に顔を出しそのまま居酒屋へ。
二次会はカラオケボックスの喧噪にうもれ誰かの唄う一昔前のヒットソングに合わせて
笑顔をつくりながら手拍子を打った。
マイクかまわってくれば、おどけた調子で声を張り上げて唄った。
終電の時間を少し気にしながら遠い記憶から語りかけてくる小さな声と
夜明け前の蒼い時間のような静かな暮らしのことを考えていた。
20000720
今日、君を見たよ。
初めて会う人が多いその町で瞳の奥を覗きこむようにして
異国の人が話す言葉を聞いている。
石畳の通りで、少し緊張した面もちでタクシーをつかまえて行き先を告げている。
モジュラージャックのない部屋へ帰り髪留めをはずしてため息をついている。
線でつながっていなくたって大丈夫さ。
僕は、きょういつものスーパーで安売りの卵の6個入りパックを買った。
特に変わりはないよ。
20000719

雨乞いの季節だ 憂うことなんてないさ
くよくよするなよ / キリンジ
20000719
へたれかけていたところで
明日はオアシスのような休日
そっちの日射しはどうだい?
20000718
久しぶりに六本木のタイ料理屋に仲間達と集まる。
仕事もテンパッテいた時だしいい息抜き。
料理も旨くて、話しも盛り上がっていたけれど僕は中座で失礼してしまった。
バカみたいな話だけれど、おまえがひとりお腹をすかして
暗い部屋で鳴いているような気がして足早に家路についたのさ。
20000717

あせた色のしみや古いキズは
こすってもこすっても消えなかったけど
いつかはみんなおいしくなって
じっくり煮込めばさよならできるね
パンと蜜を召し上がれ / クラムボン
20000717
竹下通りを一本入ったブラームス通りの茶室。
とても久しぶりに会った人が吹き上げた
ガラスの食器をひとつひとつ手に取った。
一品に込めた思いを、彼女自身が語ってくれる。
完全に形が吹き上げられる手前で絵付けが入っているから、
吹き上げられると、繊細な絵柄がガラスの素材感に溶け込んでいる。
高校時代のベタな油彩のタッチからは想像もできない。
イタリアへ飛んでエッチングを勉強しに行ったとは聞いていたけど
その後のことは知らなかった。
作品を通して、その人に出会えるのはとても幸せな時間だ。
こんなにも素材を自分のものにして素敵な器をつくっていたなんて。
「旦那さんはイタリア人じゃなかったの?」
と聞くと
「純粋な杉並区民よ」
と言って彼女は笑った。